演劇集団三色旗 第一回公演

青く澄んだ空の下で邂逅す。
-Under the Blue Faint Sky-

[冷眼傍観][霧越藍×椎葉朱里]


 空が青い。
 雲が白い。
 太陽が黄色い。

「黄色い‥‥は、ないか」
 はは、と笑う声も乾いて。
 あたしは、ぼんやりと天上を見上げていた。
 四月の陽気はうららかで、誰も近寄らないから意外と汚い屋上をぽかぽかと照らす。
 でも、だったらその汚い屋上にごろりと寝そべっているあたしはなんなんだ。
「‥‥はあ」
 教室にいるときは数秒で眠りの園へと旅立てるのに、いざこうして日向ぼっこをしていると、なぜだかそんな気分になれない。
 しばらくそのままぼうっとしていたけれど、いい加減それにも飽きて、背中を持ち上げて座り込むことにした。
「いい天気だこと」
 天候を操る神様に対する社交辞令みたいに気のない言葉を吐きながら、スカートのポケットをまさぐる。
 つい今朝方、堂々と制服のままで自販機で買ったタバコ一箱。
 かさかさと探れば、もう中身は数えるくらいしか残っていなかった。
 ずいぶん消費が多い。これも天気のせいだと思うことにする。
「憎らしい天気」
 500円でふたつ買えなくなって久しい。
 煙草協会も、貧乏な学生スモーカーのことを考えてほしいものだ。
「ふぁ‥‥やっぱ、ねむ」
 この場にはあたし一人しかいない。
 普段から近寄りがたい印象を与えているらしいこのあたしが、実は独り言の性癖があるなどとは、誰が知ろうか。
「悪いか」
 また呟く。誰ともなく。自分に対してでもなく。
 あたしは、1メートルちょっとある鉄製の柵にもたれかかって、改めて床に腰を下ろした。
 後ろへ吹き抜ける風が髪の毛を揺らすのが鬱陶しい。
「そろそろ切るかな」
 今現在、あたしの髪は肩甲骨くらいまではある。
 ばっさりと切り捨てた当時はうなじくらいまでだったはずだから、ずいぶんと伸びたものだ。
 あのとき、それなりのプロにやってもらった赤色の脱色も、もう飽きてきた。
 次は何色にするか。
「金はなぁ‥‥あたしの顔には似合わないよなぁ」
「そんなことはないと思うぞ?」
 がたん。
 いきなり届いた自分以外の声に、あたしは思わず身体を揺らし、それが背中にくっついている柵に影響して、とんでもなく大きな音が出た。
「そんなに驚かなくてもいいだろうに」
 などと言いながら、呆れたような顔で女が近づいてくる。
 誰だこの女――ここにいるってことは、学校関係者なのだろうけど。
 まず、生徒じゃない。白衣を着ているし、どう見たって二十を軽々突破してる歳だ。
 ショートの髪の毛は脱色したらしい金色で、首を隠すくらいまでの長さ。
 眼鏡の奥の、妙に理知的な輝きが気に食わなかった。
「誰?」
 と、あたしがつぶやくと。
「おや、それは残念」
 ちっとも残念じゃなさそうに、その女は肩をすくめた。
「ではキミは、少なくとも保健室の世話になったことはないな」
 なるほど、こいつはつまり保健室に詰めている校医ってやつか。
 確かにあたしは保健室に入り浸るような病弱じゃなかったし、サボるにしてもベッドの上で狸寝入りするような性格じゃなかった。
 それに、部活にも入っていない。運動部だったら関わりがあったかもしれない。
「保健室のお姉さんをご存じないとは、罰当たりな女生徒だな」
「おねぇさん?」
 あたしがあからさまに眉をひそめるのに、女はむ、と口を歪ませた。
「失礼なやつだ」
 じっとあたしを見下ろしていたその校医は、つかつかとあたしのすぐ横まで近寄ってきて、柵に手をかけて息をついた。
 あたしが隣で何もできないでいると、そいつはおもむろに白衣のポケットに手をつっこんで、くしゃくしゃになったタバコの箱を取り出した。
「――あ」
 そこで初めて気付いた。思い出した。
 あたしは、ずっとタバコを咥えたままだった。
 焦ってそれを手に取ると、校医は言った。
「なあ、少女」
「‥‥なんだよ」
「ライター貸してくれ。下に忘れてきた」
「‥‥」
 そいつは、こっちを見下ろすことなんかしないで、まるで風景を見つめているような遠い目をしていた。
 いや、本当に風景を眺めていたのかもしれないけど。
「‥‥」
 あたしがいぶかしんでいると、校医は黙ったまま右手だけをあたしに差し出してきた。
 相変わらず、こっちを見ようともしない。
 それにとんでもなく腹が立ったのに、なんだか反抗する気になれなくて、あたしは存外素直にライターをその手に握らせた。
 タバコを咥えたままライターを口元にかざして、何度か試したのちにようやく火をつけると、校医はまた、さっきと同じように右手を――そこに握られているライターを差し出してきた。
 あたしがそれを受け取るまで、この女は全く何も喋らなかった。
「なんだ、その目」
 ふと見れば、校医は顔をほんのちょっとだけこっちに向けて、横目であたしを見つめていた。
「怒られなくて拍子抜けしてる目だな」
「‥‥」
「気にするな。私は別に、キミが肺ガンで死のうが心筋梗塞で死のうがクモ膜下出血で死のうが豆腐の角に頭ぶつけて死のうが、知ったことじゃない」
 そいつは、しれっと言いやがった。
「それに、Aのままでも私には無関係だ」
「エー?」
 そいつの言うことが理解できなかったあたしはしばらくそいつの顔を見上げていて、
「‥‥んなっ!」
 きっかり5秒後、気付いた。
「Aなんだろ。AAか?」
「Aだよ! 悪いか!?」
 こいつ、ヒトが気にしてることをずけずけと。
「だから言ったろ。無関係だって」
 そう言って緩めた口元が、あたしを馬鹿にしているしているように見えた。そうとしか見えなかった。
「っさいな! こんなもんはな、いつか成長すんだよ!」
 自分の胸をばしばしと叩きながら言う。
「だから、その成長を阻害させてるのは自分だろう」
 呆れた、とでも言うように。
 滅茶苦茶腹の立つ笑い方を、そいつはした。
「‥‥!!!」

 それが、あたしとそいつとの出会いだった。

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