SLAUGHTER
by トンプティお姉さま


「ただいま〜」
立花探偵事務所のドアを抜け居住区に帰り着いた
立花、陽の第一声が、それであった。

し〜ん。

おかしい・・本来ならば居候の、あの人が出迎えてくれそうな
展開だが、本日はそうでは無いらしい。

「居ないのかなぁ・・?」

陽は靴を脱ぐとリビングに向かって歩き始める。

「ゆきさ〜ん居ないのぉ?」

言いながらドアを開け、陽はその場所で硬まった・・

ゆ、ゆ、ゆ、ゆきさんっ!?・・何て無防備な。

そう陽が目にした、ゆきさんはあろう事かハ−ドカバ−の
小説を開きっ放しにしたまま床で眠っている姿だった・・

こ、これはっ、何て言うか・・そそられる?

って、ちっが〜う!落ち着け陽、はしゃぎすぎだから!

しばらく、その寝姿に目を奪われていた陽はフラフラと
誘われるような足取りでリビングの中に進む。

トサッ。

何を考えたか・・この娘、気持ち良さそうに眠っている
ゆき、の隣にコロンと寝っころがった。

きゃ〜!ゆきさんってば寝顔、かっかわいいよぅ〜

とんでもなく緩みきった顔をして陽はじぃ〜っと
隣で眠る彼女、ゆきの寝顔を見つめていた。

はぁ、ほんっと・・ゆきさんってばズルイよね・・

多感な乙女の前で、こんな無防備な姿さらしてくれちゃうんだから。

そっと眠っている、ゆきに寄り添ってみる。

うわ、ちっちかい、あったかぁ〜い、しあわせ〜

「・・う・・ん・・」

う、わわわわっ、おっ、起きる!?

陽の心配をよそに彼女は寝返りを打っただけだった・・

ゴロン。

丁度、寝ころがっている陽の頭の上辺りに顔を寄せ
小さな子供のように丸まった姿勢を取ってる・・

かっ、かわいい〜

ドキドキ。

少し見上げるだけで彼女のシャ−プな顎のラインが、
唇が・・すぐ側に・・ある。

だっだめぇ〜っ!これ以上は限界っ!!

自分の理性がキレる寸前で陽はガバッと、そこから
起き上がると慌ててリビングを飛び出した。

はぁ――っ、はぁ――っ!あっ、危なかったぁ〜

人として、やってはいけない事までしてしまいそうだった・・

「はぁ・・夕飯の支度でも、しよ。」

のぼせきった頭を冷やそう、陽は力無く階段を登って行った。

その頃リビングで居眠りをしていた、ゆきはボンヤリ目を
覚ますと小さく体を伸ばす、何か・・体、痛い。

「あれ、お陽さまの匂い・・?」

キョロキョロ、リビングの中を見渡しても誰も居ない。
気のせい?ふと窓の外に目をやると外はもう真っ暗
太陽なんて照っている筈も・・無かった。

「何だろ?夢でも、見たかな。」

トントントン。というリズムの良い音が聞こえてきて
起き上がった、ゆきは台所へと足を向けた。

可愛らしいエプロン姿の少女が、まな板の上で野菜を
切っている所だ。

「お帰り。」

ゆきが声をかけると今まで軽快にリズムを刻んでいた
包丁の動きがピタリと止まる。

「た、ただいまっ」

妙に上ずった声で返事を返す少女が、クルリとこちらを向く。

「・・帰ってたんだ?」

「うっ、うんっ」

少女の様子がおかしい、何でか・・落ち着きが無い。
そわそわする素振り、キョロキョロ動く瞳・・

「ねえ、陽ちゃ」

「あっ!いっけな〜い、お皿、お皿っ!」

あの、僕まだ言い終わって無いんだけど・・?

お皿を取る為に陽ちゃんが僕の側を通り抜けようとした時
ふわっ、といい匂いが、した。

「あ・・・・」

「え・・・?」

僕が、つい上げてしまった声に陽ちゃんが、振り向く。

「な、なにっ?」

何だかビクビクしている陽ちゃんを見て僕はプッと吹き出した。

「え〜もうっ何なのよぉ〜?」

「いや、何でもない。うん、何でも。」

だって、お陽さまの匂いの正体に気付いてしまったんだから・・

「うん、ピッタリだね。」
僕の呟きに陽ちゃんは不思議そうな顔をするばかりだ。

「これ、あっちに運べばいい?」

「・・う、うん。」
夕飯の支度を手伝う僕の服を陽ちゃんが軽く引っ張る。

「ねぇ〜ねぇ〜っ教えてよ〜」

「だ―め。」

「・・ケチ〜」

そうやって拗ねてみせても駄目だよ?
キミだって僕に話してくれてない事があるんだから
おあいこ。

「今日の晩ごはんは、何かな?」

「も〜すぐそうやって、はぐらかす〜」

子犬のように、じゃれつく陽ちゃんが可愛い。

でも、教えてあげない。

僕にとってキミは太陽みたいな存在だから
お陽さまの匂いがしたっていいんだ。

「ほら、早くしないと先生帰って来ちゃうよ?」

「わっ!?もう、そんな時間っ?」
バタバタと慌しい陽ちゃん。

不意に僕の頭に浮かんできたイメ−ジ。

陽だまりで、ポカポカと昼寝をしている猫の姿・・
でも、その顔はとても穏やかで幸せそうなんだ。

「僕も同じ、か。」

こうして僕らの日々は過ぎてゆく、それでも今
キミと過ごす、この時間を僕は愛しいと思うよ?
これからも、きっとそれは変わらないだろう。


-了-

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