ショートショート『王女の愛』(文字数2452)
舞台
ドラゴンクエスト(T)
登場人物
勇者(女)|ローラ姫


「‥‥これは?」
「わたくしが心を込めて念を封じ込めました、名付けて『王女の愛』ですわ」

 ローラ姫は、顔を赤らめて俯きがちに、上目遣いでこっちを見る。
 その眼差しを受けながら、ぼくは手元のそれに視線を向けた。
 精巧な造りだ。恐らくこのアレフガルド中を探しても、ここまでの技巧を凝らせる人なんかほとんどいないだろう。
 まさか姫が作ったわけでもあるまいし、いったいこれは誰の作品なのだろうか。

「これ、姫が造られたんですか?」
「はい。せいいっぱい、愛を込めました」

 うわ、そんな潤んだ目で見つめてこないでくださいよ。
 そりゃ、アレフガルドの皆さんが長いこと待ち望んでいた勇者ロトの子孫を名乗る者が女だったら、がっかりするでしょう。
 しかしそれでも、ぼくはこんな背徳的な愛情に溺れるつもりなんかないんですよ。

「━━どうやって?」

 と、ぼくが聞くと。

「‥‥そんな、そんなこととても口に出せませんわ。きゃ☆」

 だなんて、両手を頬に当てて耳まで紅く染めてしまっている。
 参ったな━━ここは王城で、しかも王の御前だというのに。
 ほら、ラルス王ってば林檎だと思って食べたものが梨だったときみたいな表情をしてる。

「あのう、姫」
「あ、でも、もし今夜わたくしのお部屋に来てくださるのなら、お教えできますよ、なんて‥‥恥ずかしいですわ」

 ぼくは何も聞いてませんが。

「ともかく」

 ごほん、と聞こえよがしに咳払いをしたラルス王が、玉座の間に集まっていたたくさんの兵士達の視線を自分に集める。
 というか、あの兵隊さんたち、いったいどんな目で僕達を見ていたのだろうか。とてつもなく気になるのだけど。

「勇者よ、姫を救ってくれたことには感謝している。だが、未だ竜王は健在であり、その闇の力も世界を覆っておる」
「はい。もとよりそのつもりです」

 王はきっと、自分の大事な愛娘をぼくみたいな相手に渡して、貞操を奪われるなんてまっぴらだ、とか思ってるんだろう。
 それについてはぼくも賛成。ただ、攻守は逆だけど。
 だからぼくは、これを好機に城を出る算段をつけた。

「姫。ぼくにはまだ使命があります。世界を救ってきた勇者ロトの血脈に懸けて、ぼくは竜王を滅ぼさねばなりません」

 ローラ姫は潤んだ瞳をぼくに向けた。
 無言で何かを訴えているようだ。これだからお姫さまは‥‥。

「それでは、行って参ります」
「ああ、勇者さま! ローラも連れて行ってくださいまし!」
「はぁ!?」

 ぼくは半ばその言葉を覚悟していたけど、他の兵隊さんや大臣や王様はそうではなかったみたいだ。
 みんな揃って、斉唱するように驚きの声を上げた。

「ろ、ローラ、それは━━」
「そうそう、勇者どのは死地へ向かうのです。生きて帰ってこられるかもわからないのですぞ」

 おい大臣。今さらっとひどいこと云ったよな。

「━━確かに。この世界のために死ぬのはぼく一人で充分です」

 なんてちょっとしたおちゃめな皮肉を披露して、ぼくはいい加減この場を去ることにしよう。
 ━━と、再び姫が呼び止めてきた。

「なんでしょう」

 あくまでにこやかに振りむく。
 姫は、この世総ての悲運を背負ったかのような薄幸の美少女ぽい自嘲的な笑みを浮かべていた。
 まぁ、王女として生まれていきなりドラゴンに連れ去られるなんて薄幸もいいところだけど、死ぬよりマシだろうから。

「わたくし、いつまでも待っております。そして、見事竜王を倒してお帰りになったそのときは━━」

 このときはさすがに、ぼくだけでなくその場のみんなも、彼女が次に何を云い出すのかだいたい想像できたらしい。
 大臣は顔を蒼白にして、王様なんか目線だけで幻影のちょうちょを追っている。現実逃避したみたいだ。

「姫」

 それがいたたまれなくなって、ぼくはつい口を挟んでしまった。

「竜王を打ち倒してここに帰還できたら、その続きをききます」

 でないと、その場の勢いに任せて了承してしまいそうだ。
 この、アレフガルドで最も高貴な少女は、同じ女であるはずのぼくの心をときめかせてしまう。
 つい魅了されてどんな願いでも叶えてしまいたくなるほどに。
 だからぼくは、そう云って玉座に━━正確には姫に━━背中を向けた。

 大臣の云うことは正しいと思う。
 ぼくがこれから竜王を倒すまでに、ぼくは幾度死ぬだろう。
 そのたびにここへと、半死半生のまま送られてくるのだろうか。精霊もひどいことをする。

「勇者さまっ」

 その響きが演技くさかったので、ぼくもあえて振り向くことをせず、足を止めるだけにした。

「さよなら、姫。楽しかったですよ」
「勇者さま!」

 そして足を踏み出す。
 ぼくは女である以前に勇者なのだから、恋愛ごとにうつつを抜かすなんてこと、できるはずがない。
 勇者ロトも、このアレフガルドに立ったぼくのご先祖さまも、きっとそうだったに違いないから。

「勇者さま、わたくしの愛、大事にしてくださいませね!」

 遠く後方から姫の声が聞こえる。
 ぼくは胸にぶら下がったそれを見つめ、小さく撫でた。
 やっぱり、少しは名残惜しいんだろうか。━━いや、そんなことがあるはずがない。

「そのわたくしの愛さえあれば、いつでもどこでも勇者さまとお話ができるのですからっ!!」
「なんですとー!?」





 そして。

「‥‥ここにあるんですか、ロトのしるしが?」
『そうですわ。そこから南に━━、東に━━』

 とても楽しそうな姫の声が、手元のペンダントから聞こえる。
 うん、姫がとても楽しそうなのはよくわかります。ぼくと話すのが楽しいと云ってくれるのは、女同士でもやはり嬉しい。
 ただ、それでもやっぱり‥‥。

「ほんとにここなんですか?」
『そうですわ。わたくしの心は嘘をつきません』

 まあつかないだろうなぁ。純粋培養だし。

「‥‥参ったな」

 目の前には、毒々しい緑色の平原。
 俗に云う、毒の沼地だ。

「王女の愛もキビシイなぁ‥‥」

 ずぶり。足を突っ込む。
 ああ、この感触、キモチワルイ。
 どれくらいキモチワルイかというと、一歩歩くごとにスライムに一撃食らった気がするくらいキモチワルイよ‥‥。

『勇者さま、ローラは、いつでも勇者さまをお慕いもうしあげておりますわ☆』


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