‥‥私のこの気持ちは何? 自分の心がわからない。 私はいったいどうしたいの? 教えてマイハート、私の心の真実を。 そしてどうかお願い、私はどうしたらいいのか、教えて。 初めは、ほんの友達だった。 ううん、少なくとも、私はそのつもりだった。 それに向こうだって、きっとそう思ってる。それ以上なんて、考えてない。 それなのに私は、いつしかこんな思いがこんなに辛くなるなんて思いもしなかった。 ただ一言伝えられればいいはずなのに、冗談めかした笑いにしかならない。 私はこんなに真剣なのに、口から出る言葉はお友達同士の笑い話。 ああ、こんな自分が恨めしい。自分の思いをはっきり口にできる彼女が羨ましい。 夕方、教室の窓から見える校庭で、あの人が走っている。 陸上部でもないのに、ここのところ毎日のようにトラックを走り続けている。 昼間にそれとなく聞いてみても、 「ん? ああ、ちょっとな」 としか答えてくれない。 だけど私は知ってるんだ。あなたが、もう二週間もずっとトレーニングを続けていること。 そして、この四日間、私があなたに渡したくて、でも渡せないタオルとスポーツドリンクを握り締めていることは、きっとあなたは知らない。 今日で五日目。もう金曜日。この機会を逃せば、もしかしたら二度と渡せなくなるかもしれない。 でも‥‥からだが躊躇する。 そんなことして、ばれないかな? 私の気持ちが見つかったりしないかな? ――ううん、平気。大丈夫。自信を持って。 そう。今日で最後。これが最後。だから頑張らないと。頑張れ、私。頑張れ、美紀。 「お疲れさま!」 「?」 木陰に腰を下ろして大きく息をつくその人の影は、西日の指す校庭に真っ直ぐ伸びていた。 その横に立って私は、できるだけいつも通りの、普通の笑顔で声をかけた。 「お、美紀。どうしたん、こんなとこで?」 「えっ? うん、えっと、その、なんていうか‥‥見かけたから」 「‥‥ふうん?」 慌てる私に彼女は訝しそうに首を傾げたけれど、それ以上何も言わなかった。 彼女は私の目の前でぴょんと飛び跳ねて、立ち上がる。これまで見下ろしていた私が、今度は見下ろされる立場になる。 彼女、私より背が高いもの。 会話のきっかけがなくて口を閉ざしてしまう、そんな私の手元に視線を落とした彼女は、 「なにそれ、ジュース?」 「えっ‥‥あ、そう。スポーツドリンクだけど」 「美紀そんなん飲んでるん」 また首を傾げられてしまった。 ううん、確かに、スポーツするわけでもない私がスポーツドリンクはおかしかったかな。 ともあれ、彼女からこの話題を振ってきてくれたのはラッキーだった。チャンスは今しかない。 「‥‥飲む?」 遠慮がちに言ってみると、 「ええの?」 顔がぱっとほころぶ。やっぱり私の思ったとおり、飲み物は欲しかったんだね。 「私の飲みかけだけど」 「そんなの気にせんで。美紀んだったらむしろ歓迎や」 「――え」 ペットボトルを渡しかけて、ぴたりと私の手が止まる。 「‥‥ん? どしたん」 「え‥‥えっと、その‥‥な、なんでもない‥‥はい、どうぞ」 「さんきゅ。‥‥顔赤くないか?」 「えっ!? それはその――そう、夕焼け。夕焼けのせい」 彼女は不思議そうに首を傾げる。これで三度目だ。ああ、私ってばなんておかしなヤツだって思われてる‥‥。 なんだろう、このどきどき。 ついさっきまでも、そりゃ緊張はしてたけど、目の前にいるのはいつもの彼女だし、変に気負わないでいつも通りでいられればいいって思ってたのに。 彼女があんなこと言うから、一気に温度が上がっちゃったみたい。 私がわざと口だけつけた飲み口から勢いよくドリンクを流し込んでいく彼女の横顔。 綺麗で清々しい汗がきらきら光って、西日なんかより遥かに眩しい。だから私は、その横顔から目を逸らした。 「ぷはあ! うん、うまい!」 一気に、ボトルの半分以上が無くなってしまった。そんなに喉が渇いていたんだろうか。 私はどうにかして話題を探して、やがて見つけたひとつの話を彼女に振る。 「ねえ、真菜」 「ん?」 ひょい、と小首をかしげて私を見つめるその顔を見るだけで、私の心臓は私の小さな胸を貫いて飛んでいっちゃいそう。 ‥‥なんて、きっと全然絶対いつまでも気付かないんだよね、真菜は。 私が言わないんだもん。気付くはずないよ。 「ここのところ、ずいぶん走ってるよね。陸上部の活動がない日。どうして?」 「ん?」 私が訪ねると、真菜は困ったように頬を掻いて、ついと私から視線を逸らす。 「別に理由なんかないんよ」 「そう? ‥‥でも二週間くらい、ずっとだよね」 「ん‥‥」 どうしてだか、話したくなさそうな気配。 話したくないのに無理やり聞き出すつもりなんかないから、これ以上真菜を困らせる前に話題を変えよう。 何がいいかな。何がいいだろう。どうしてこういうときに限って、気の利いた話題のひとつも見つからないんだろう。 柊先輩を前にしたときのあの子を思い出す。――それから、同じときの昔の私を。 そうだよね。困るよね。仕方ないもんね。小さく苦笑した。 「‥‥どしたん」 「えっ? な、なんでもない、うん、なんでもない」 「‥‥? ま、ええけど」 ああ、また呆れられちゃったかなあ‥‥。反省。後悔。 「にしても、美紀、ホンマに覚えてないん?」 「へ?」 「へ、て。マジで聞いてへんかったんな」 「えっ‥‥、な、なに?」 「はぁ‥‥」 くしゃくしゃと、猫を思わせるショートの髪の毛を掻く彼女。 「二週間前。覚えとらん?」 「‥‥?」 「ほら、もうすぐ夏休みやて、歌とかと騒いでたとき。夏休みの最初に、地区の運動会あるやろ、って話」 「‥‥ああ、そんな話、したかも」 なんでまたこんな夏場にやるんだろう、って話をした記憶がある。 地区の運動会は、この中学の学区を中心としたいくつかの自治会が自主的に行う、夏の一大イベントだ。 自治会夏祭りと一緒にやるから、けっこうな盛り上がりになる。 というか、みんなだいたい夏祭りがメインイベントって認識なので、運動会は昼間のオマケっぽい扱いなのだけれど。 「真菜、出るんだったっけ。リレー」 「やっと思い出しよったか」 軽くため息をついて、真奈が笑う。 「ウチがめんどいとかうざったいとか言うてたとき、美紀、ウチに言ったやんか」 「‥‥なんだっけ」 「あちゃあ」 ぱん、とおでこを叩く仕草。このオーバーリアクションが可愛くてたまらない。 「『どんな大会でも勝負は勝負。言い訳して負けてもいいやなんて、ありえない』」 「‥‥私が?」 「そう」 真菜が半眼になって、ぐいっと上半身を私に寄せてきた。 彼女は私より背が高いから、腰を屈める格好になる。 うわ、近い。近いよ、真菜。吐息がかかりそう。 「『だから頑張って。応援してるから』――美紀がそう言うから、ウチはこないして気合入れとるんやないか」 「‥‥」 「小暮も別の地区の中学生代表で出る言うし、こりゃ負けらんないわと思ってんのに」 「そういえばそんなことも‥‥」 「ああ!」 いきなり真菜が大声をあげて、天を仰いだ。 「ウチがこないに頑張っとるんに、二週間もほったらかしやんか。正直泣きそうやで」 「う‥‥」 なんだ、それじゃあ真菜は。 私の言葉のために頑張ってくれてたってことなのか。 それを私は、その理由を完全に忘れ去ってから真菜の頑張りを見て。応援したくなって。胸がきゅんってなって。 これってなんだ。 もしかして私って、物凄く幸せなんじゃないか。 「真菜」 「なんや」 「抱きついてもいい?」 「はっ?」 彼女は目を丸くする。可愛い。 「お詫びも込めて。充電してあげる」 「充電? 何の?」 「愛のパワー」 「愛って――うぉ」 真菜が何か言い終わる前に、私は目の前の彼女の胸に飛び込んだ。 ちょっと筋肉質で硬いけど、でもやっぱり女の子は女の子。やわらかくて、ふわふわする。 「‥‥汗臭いって」 「平気」 今はまだ、冗談でしか抱きつけないし、話せない。 でもいつかきっと、本当の気持ちを打ち明けよう。 絶対に。結果なんか考えちゃダメだ。考えるより行動しよう。 私が大好きな真菜に真っ直ぐに。私が大好きな真菜みたいに正直に。 「真菜」 「うん?」 「私、真菜のこと大好きだよ」 「‥‥なんやねん、藪から棒に」 「えへへ」 「なんなんや‥‥気色悪いのぉ‥‥」 そう言いながらそっぽを向くあなたの頬が赤いこと、夕日のせいだけじゃないって、今だけなら思っていいよね? |